競馬新聞だけでは競馬予想の精度が上がらない理由

  

競馬新聞にある馬柱や追い切り情報は間違いなく有用なのですが、それだけでは適用できる範囲が少ないため応用が利きません。

例えば、サトウキビを料理のレシピに加えることは難しいのに対し、精製された砂糖は信じられないほど色々な料理に使われています。

いまやサトウキビは存在感さえないですが、砂糖は高評価を得るために欠かせないものになっているのは指摘するまでもないでしょう。

データの世界での競馬新聞は前者の原材料にあたるため、色々なファクターと上手く連携が取れずにポテンシャルを発揮できていない。

せっかく血統に詳しくなっても馬券に生かしにくいので中途半端な馬券を買い続けるハメになります。それで勝てるわけないですよね。

投資競馬では、砂糖のように汎用性の高いデータにするための精製法を開発しレースレーティングという解にたどり着きました。

競馬は100年くらいの歴史がありますが、その中で利用できるデータは、ごく最近の極めて少ないスモールデータしかありません。

今までに競馬場のコース改修やダートの厚みが何度変更されてきたでしょうか。十分なデータがない中で重要になるのは?

投資の世界では一流の成功者ほど予想力に頼るのではなく「合理的な判断」を下すことに全神経を注いできました。

それを競馬で行うためにはレースレーティングしかない。しかし、今まで構想がありながらも長らく実現できなかった理由があります。

それは単純に競馬の世界が理路整然としていないから。そもそも競走馬が理路整然とした動物ではないのだから当然でしょう。

どんなに能力がある馬でも馬群で走ることに満足しているだけなら、そのポテンシャルが発揮されるシーンは少なくなります。

つまり、競馬データは理路整然としたものにならない。しかし、一部のデータを補完し精製することで勝ちにつながるヒントが得られる。

それだけで十分だと考えてきました。なぜなら、最終的には個々の判断が回収率という名の成果を決めるからです。

みんなの予想精度が低い前提でのゲームであなたが予想力を重視したら?その結果は悲惨なものになる可能性の方が高い。

自分だけは例外な存在だと考えるのは「非合理的な判断」であるため、競馬の難解さに打ちのめされることになります。

競馬も投資と同じく「合理的な判断」により立ち回るのが最適な戦略であり、それがあって初めて勝つためのスタートラインに立てたと言えるでしょう。

一体だれだけの人がスタートを切っているでしょうか。もし、ほんの一握りではないかと思うのなら、競馬には多くのチャンスが残されていることになります。

データの世界では、競馬新聞やJRA-VANは1次データ、投資競馬の高度分析されたものは3次データに分類することができます。

どのデータが優れているというわけではなく、1次データ、2次データ、3次データを組み合わせて分析することで、馬券購入者にとって有益な情報が得られるのです。

そして、これは今のビジネスシーンとまったく同じメカニズムであり、企業が成長する上で欠かすことができない必須要素として重視されてきました。

あなたはサトウキビをいじることに時間を使いますか?それとも砂糖を使って何か新しい料理を生み出すことに時間を使いたいですか?

この違いが最終的にどれほどの差となって表れるかイメージしてみて下さい。貴重な時間をムダなことに投資しないだけで成功する確率を上げることができます。

 -競馬新聞

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